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うーん、写真から起こすのはできるが動いているものはまだ。
ましては頭の中にあるものは慣れなければ、下描き無しでは無理で今までのような下描きの線の中から拾い出す作業に頼らざるを得ないようだね。 とりあえず、下描きにボールペンで線を入れて同じように描いてみる。 ![]() これはこれかあ…。 しろくまってえほんではよくかかれるモチーフなんだな。 全部作者が違う…(ほかにもあるが) FC2BLOG |
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私はデジタル画材に傾倒しているようですが、実は、いろいろな画材を使うのが好きです。
そしてその画材にあった描き方(いろいろある中で、とりあえずルーチンとして最後までたどり着けたといった程度?ではあるが)をするように模索しています。 そして一連の日記にも書きましたが、下書きなしで水性ボールペン(+スキャンしてペインターで水彩塗り)で描く比較的デジタルの逆の方向に進んだりしてます。(ペインターはデジタルだが) 何度もアンドゥの効く環境で描くと、偶然性で得られる美しさとか、ある意味背水の陣的な破れかぶれの勢いみたいなものが得にくいのではと考えた時に、であった寄藤文平氏氏の描き方に感銘を受けて、いまちょっといじっています。下描きすら廃し、描く線に気合を込めて一発描き。 …私が描くとどうも小さくまとまっている感がある。慎重すぎて線に勢いがないような。(写真を使うからかもしれません。実際の風景から始めて、徐々に動きのあるものを題材にすると、もっとけれんみのない絵が描けるかな) まだまだ、楽しめそうです。 なので、画材はそこら辺のボールペンと滲まない程度の適当な紙だけ。 前回のハシビロコウのときは一部主線(アウトライン?)だけを太くする為、適当なサインペンを使いました。(そこら辺においてあったミュシャのパンフの影響と思われます)下書きなし。消しゴムもなし。定規もなし。こだわりなし。 ただ、そうしないことに縛られないようにもしないとな、と思う今日この頃。 私のタブレットはずいぶん昔に買った安物なので線はふらつくし小さいし。塗り絵程度には使えるけど線画はちょっと。今はイラストレーターを使うことが多いので、マウス中心ですね。 でもちょっと見ない間にずいぶん安く品数豊富になったものです。 マンガ用ソフトがついて何でこの値段? ああ、一回り小さいのか。納得。 なんか値段のずいぶん違うのは上位機種。解像度が違うんで線がふらつかないとか。いいなあ。 これがあると私もピクセル画に戻るのだろうか。 おや、ぺんてるが参入しているのか。どちらかといえば文字書きようなのかな。対応ソフトがエクセルとかワードだし。 やはりこれだな。液晶画面に直タブレットになっていて描けるタイプ。 値が落ちないので手が出せないまま幾星霜。ほしいなあ。 FC2BLOG |
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ガレの家具を見たとき、寄木細工と思ったが、相棒のさるさんにいったら、
「螺鈿(らでん)みたいなものでは」 との意見。 たしかに、別パーツ部分が裏まで貫通しているというのは技術的にあまりにもヘビーで商業ベースに乗らないだろうなという気もする。 よく調べると、ガレの家具がどうかはまだ確認できないが、マルケットリーと呼ばれる家具の寄せ木細工をガラスの細工に応用したものがあり、それは確かにマルケットリーというガラスの象嵌技法にて記されている。 この家具の方の(Marqueterie)マルケットリーも日本語では寄せ木細工と呼ばれており、その内容は、きりばめ細工で錫・象牙・真鍮・鼈甲などを用いるもののようです。 なるほど。 だとしても、すごい技術だ。 FC2BLOG |
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泊り込み研修(伊豆高原)から開放されて、翌日はつくばで仕事したときの事。
開放された時間が早かったんだが、今日中につくばに行くまでの時間はなし。熱海でMOA美術館にいってみました。 なかなか良かったですな。 やはり本物はいい。 ただ、おばちゃんがうるさい、うるさい。台無しである。 それはさておき、エミール・ガレの展示がなされていました。 ガレといえばガラスだと思ってたけど、家具の寄木細工というのにえらく感銘を受けた。 どうやって作るのだろう。材木の中に複雑に材質や色の異なる別の材木を組み込んで絵を作っている。 その組み合わせは繊細で微妙なバランス、といって、さほど隙間があいているとか雑な面が見えるわけでない。 どうやって? 糸鋸でキレイにパーツを切り分けて隙間に押しいれるのだろうか。 すごい手間と精度が必要な作業である。 これはたとえ今の時代でウオータージェットカッターかなんかでで作っても大事であろう。 個人レベルで私がこのてのものを見たとき大体、再現方法を考える。(癖だな) これを3Dでこさえたらどうなるか?ブーリアンでオブジェクトを切り取ってすっきりはめるといいのか、いやテクスチャーをそういう柄にすれば、いともたやすく絵面の真似は出来る。 しかし、はなはだしく無意味である。 実際に、現実に手で触れるオブジェクトとして存在するものは、たとえ3Dで見た目が同じものが作れたとしても明らかに差があるのである。 仮想現実がたやすくできたからと言って、何でもそれで済むと言う物ではないのである。 私の好きな中島みゆき氏の歌に 「見える事と、それが出来ることは別物だよと、米を買う」 というのがある。 口で言っているだけで出来た気になっているわけでなく、常に自分にいましているが、逆に、実際に行動には移せない事への歯がゆさみたいな、あせりみたいなものは、いつも私の創作活動の底に澱んでいる。 なにか、つくりたいな。 むろん、CGや3Dを全否定するわけではもちろん無い。 それはそれ、これはこれ。 適材適所であろう。 私の持論に 「出来るからといって、やってはいけない」 というのがある。3Dの表現力は実に多岐にわたっており、考えうる、いや考えもつかない表現できる。 計算上のものでしかないようなものですら表現できる。 でも、何でも出来るからといって何でもやると、実にまとまりの無いことになる。 ペイントツールも、水彩と油彩を混用(しかも油彩の上に水彩を塗るとか)、透明度の高いパステルや、油絵のテクスチャをもつ水彩と、パラメータを調整すればおよそ、ソリッドな画材では出来ないような表現が可能になる。 しかし、それを全部使えるからといって万遍なく使うとなんともまとまりの無い絵が出来上がる。 私はこういったツールを使うときは、常に自分に何か条件を課して使うようにしている。 とはいえ、ガレといったらやはりガラスのイメージが強い。 ガラスはもうデフォルトでガレだからね。特には触れなかったが、ガラスの存在感は見事なものだったですよ。 FC2BLOG |



