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飛鳥への旅は駆け足でしたが、なかなか見所満載でありました。
もう一つ面白いネタがあるのですが、ちょっと今手元に写真がないので中まとめ。 これから行く人へのワンポイント。 1.近鉄は普段使ってない人にとっては路線がやや複雑。工夫次第ではかなり工程を短縮できる。 2.するっと関西の3dayパスとか、特定地域向けの乗り放題企画を利用するといいかも。(ただしバスが加盟してないところが結構あるし、そもそもバスを利用するのも無理ケースもある。) 3.飛鳥は自転車による観光が結構物の本では推奨されているが、かなりハード。 アップダウンが激しいし、地図がわかりにくいケースも結構ある。 観光用のポンチ絵の地図よりはしっかりした地図の方がいいケースもある。 また、サイクリングロードが整備されているとの評もあるが、一部「ここを通すか?」というところや、看板がわかりにくい、道がむちゃくちゃ悪い(こけそうになった。暗いのもあるが)などあり。 4.秋冬期は結構早々に日が暮れて寒くなってくる。街頭も駅前以外はかなり弱い。 あわてて帰ろうとすると路面が見えなくてかなり怖い。暗くなったからと言ってもとばさない。あわてない。 5.旅は余裕をもって望むべき。 不測の事態がかなり起こる(道に迷う、日が暮れる、こける。超能力に目覚めてナンバーを付けられる、ソルに撃たれる。(嘘))不測の事態であわてると、事故の元(いやまじで。) 6.あと、重いものでなければ見つけたときに土産を買っとく。 5時半で駅前の店がすべてしまっていた。 後で買おうとしていた、埴輪型のキーホルダーが。旨そうな煎餅が。 まあ、いろいろと納得いかないものもあったけど、なかなかいいものが見れた極上の旅でありました。 FC2BLOG |
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レポートはまだ続く。
高松塚古墳はそのこんもりした本体の表面を殆ど隙間無く冷却用だかななんだかのパイプの一杯に這い回ったシートで覆い隠されている。 なんかみたおぼえがあるゾ。この絵づら…。 「見てみろ、この慌てぶりを。 …恐いのだ。恐くてたまらずに覆い隠したのだ。 恥も外見も忘れ… 築き上げてきた文明も科学もかなぐりすてて… 自ら開けた恐怖の穴を慌てて塞いだのだ…。」 そう、AKIRAだ。、AKIRAが入っていた、、デュワー室みたいだ。 折角の遺跡が黴だらけ。変色して消えかかって。 はっきり言ってこんなんなるまでほっといたのは怠慢だ。 文化省だなんだと言っても、他の省庁同様に、やる事はお役所仕事というところだろう。 担当者はただ漫然と自分の担当の時間が過ぎ去るの待っていたのか? いろいろとやる事があったのかもしれないが、取り返しがつかないのである。 言われても仕方あるまい。 それにおなじ損なわれたといっても、高松塚は酒船石とは違う。 遺跡の質とかをいっているのではない。 酒船石はかけている事を含めてそれ自体が今の飛鳥の歴史そのものを端的に示す史跡とも思える。 とするならば、黴が生えて絵が消えるまでほっといたこの遺跡はそれ自体が今の日本の文化財に対する取り組みのを示す史跡である。 そして今更になって、またこんな大掛かりなことをして税金を使って。 大佐じゃなくても言いたくなる。 「恥も外見も忘れ、 築き上げてきた信用も歴史もかなぐりすてて、 自ら開けた失敗の穴を慌てて塞いだのだ…。」 でも、この台詞は心にのこったなあ。 こんな状況でおもいだすんだから。 やはり、昔の版がいいね。ここからはじまる。 そろえておきたい一品。 FC2BLOG |
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飛鳥レポートその4。前後するが一番最初に到着したのは、実はこの高松塚古墳。
(この日記は楽・ブログの再録です。最近のねたをいきなり書き出すというわけには行かず、こういった次第になっているわけですが、高松塚はもう1年以上も前のレポートで、特に高松塚はいま解体中なのでこのレポートとは更に違う局面を向かえていますが、まあそれについてもいずれレポートします。とりあえずは、この哀れな当時の古墳の有様を見てやってください。) 今度も道がわかりにくい。看板はあるんだが…。 え、ここ? 亀石と違って見落とさないがあまりにも古墳とは違う外見なのでそういう意味で見落としがち。 ![]() 銀色のカバーというか、テントというか、建物が古墳の上に乗っている。というより、古墳が見えない。 例のカビ対策でなのか? テント自体の外壁はぬけぬけで中がのぞける。 ![]() 古墳自体の地面がまったく見えない。これも銀のシートに覆われていてホースが地面をいっぱい這っている。 なんか見たことがある。 そう、アキラが凍っていた冷凍室みたいだ。 大佐が言ったが大慌てな感じだ。 なんで大慌てになったかはご存知のとおり。例のカビだろう。 <つづく> ![]() |
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飛鳥がらみでちょっとなつかしい漫画が続きましたが、飛鳥徘徊にもどります。(なおこの日記は楽・ブログの再録です。いきなり新しいところからはじめると話が見えないので。いきつもどりつ参ります。)
次は酒船石。 何のために作られたものかわからないそうだが、ナスカの地上絵にも見える。 ![]() しかし、よく見てみると端っこが欠けている。 最初からこうなのかと思った。楔の後があるんで、飛鳥時代(よりも前なのかもしれないが)にもこういう方法で楔を打ち込んで石を割ったのかなと思っていたが、違うのである。 後世の誰かが割ったそうである。 うわーもったいない。適当に砕いて漬物石にでもしたのか? しかし、よく考えてみると、奈良に当時日本の中心があった時期は西暦300〜800年ぐらいの500年、江戸時代より長い間、人がいっぱいいて生活したのに、そのあとはずーっと1200年も忘れ去られて、畑や田んぼになってしまったいたのである。 平城京(より前も含めて)と平安京は歴史で習うと近接した遠い次代で(でもそれ自体近接しているから)なんか同じように考えがちだが、京都はそのあと明治まで都であり、皇族を含め多くの人が住み文化の中心であったわけである。 今の、その遺物のおかれている環境、おかれてきた環境を考えてみたとき、京都と奈良の実際の感じ、雰囲気の違いわかったような気がする。 そうやって失われたものが結構いっぱいあるんだろうな。 でも、それが歴史なんだろう。きっと。 FC2BLOG |
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飛鳥レポートその2。石舞台古墳でやんす。
テーマは旅だけどこのことも書きたい。 石舞台古墳といえば火の鳥のヤマト編。 いま、あの舞台がここに。 おもえば、私が子供のころ読んだ漫画で深く印象に残ったキャラクターとしてリボンの騎士のサファイアの次にこのヤマト編のカジカがある。 ワイルドで健気で一途で男装で兄の敵を追いかけるが結局、恨み切れない切ない少女の心理描写が実にたまらなかった。 こう考えると、私のボーイッシュキャラクター好きはこのあたりに(サファイアもそうだな)端を発しているのかもしれない。 とにかくその思い出深い作品の舞台の石舞台にいま2000年近い時(自分の思い出の時間である30年ぐらい前からといった方がいいかもしれないが)を経て今立っているのはえもいわれぬ高揚感がある。 まあ、それはおいといて。実際の石舞台は亀石よりはやや見つけやすい(地図の上では到達するのにてこずったが。近くまで寄ってもわからないということは少なくともない) おお、これが石舞台。 ![]() 石棺の中(というのかまで)完全に入れる。 相棒のサルと一緒に出たり入ったり。 うーん、何とも他の古墳とは違う。 ネタにしたくなるのもわかる。 さて、そうこうしているうちに他の観光客のおっちゃんがかみさんを石舞台前に立たせて写真を撮ろうとしている。 構えてシャッターをきる瞬間 「バビビュビュビュビュビユッ!!」大音響。なんだかわからなかった。 放屁。 おなら。 奈良でおなら。 …オヤジだぁぁぁっ!!! しかも、すかしたとか、もらしたという音じゃない、りきんでいる。 響かすつもりでたれている。 そしてこっちを見てなんかあったのかねという顔している。 ごまかせているとでも思ったのか。 あんたしかいないだろ。 ちょっと、いやな落ちがついて石舞台を去るのであった。 飛鳥レポートはまだ続く。 サブタイトルがわからないよ。表紙から見てこれがヤマト編 自動的にリンク作ってくれる機能を試してみようか。 FC2BLOG |






